皆さんもコロンビアの麻薬王パブロエスコバル一度聞いたことがあるかもしれません。
パブロエスコバルですがまとめるとこんな感じの人です。
- 1949年12月1日コロンビア リオネグロで誕生
- 死亡日1993年12月2日
- メデジンカルテルのボス
- ピーク時は世界のコカインの8割の取引を牛耳る 収入は250億ドル
- フォーブス誌 7位
- 資産約 約3兆円
- 邸宅 ナポレス農園には人口湖、プール、遊園地、飛行機の滑走路、カバ、動物園もあり
パブロエスコバルですが最も恐ろしい麻薬王として知られていました。
彼は麻薬取引だけではなく晩年は国内におけるテロ行為多数実施し、コロンビア史上最悪の犯罪者とまで呼ばれるようになりました。
これはエスコバルの名言の一つです。
a veses soy dios ,si un hombre va a morir, lo hara mismo dia.
時々、私は神である。なぜなら私が死ぬと言った男は今日、死ぬからだ
パブロエスコバルの作品ですがですがネットフリックスのパブロエスコバル悪魔に守られた男がおすすめです。
またAmazonプライムビデオにもいくつか作品があるので興味ある方は是非登録してみてください。
本日ですがパブロエスコバルの豪華な暮らし、またどうのように彼が成功したかを私なりの考察を加えながら紹介します。
コロンビアからアメリカへの密輸ルート開通で大成功
パブロエスコバルですがコカイン取引をする前までの経歴をまず記載いたします。
- 1949年12月1日メデジン出身
- 小学生~中学生時代 学校のテストの回答をクラスメートに売るビジネスを開始
- 学校での成績はトップクラス
- 10代で墓石を盗んで墓碑名を消して転売したのを皮切りに高校を中退
- その後、強盗、誘拐、外国への密輸業に手を染める
パブロエスコバルの飛躍ですが何といってもボリビア、エクアドル産の安価なコカインを中南米へ密輸したことが始まりです。
そしてコロンビアからカリブ海を経由したアメリカフロリダルートを開通したのが何よりも彼の成功の秘訣になったと私は考えています。
エスコバルですが麻薬を始める前はたばこ、酒の密輸に関与していたのでどうしたら国境を越えられるかを熟知していたと思います。
アメリカまでの密輸およびアメリカ内でのルートですがエスコバルには強力な協力者がいたとされています。
それがコロンビアのゴッドマザーことグリセルダブランコ!!
彼女の映画Cocaine Godmotherではキャサリンゼタジョーンズが主演をしているようです。
家出少女でしたが犯罪に手を染め生涯で200人以上暗殺したと言われています。
彼女は早くからコロンビアを離れアメリカフロリダで生活していました。
グリセルダのアメリカ内でのコカインの密輸、蔓延そしてエスコバルでのアメリカ市場への進出の野心により二人は大きく躍進したそうです。
それによりただのコカイン密輸者のエスコバルが従来の構造(下記を参照)を根本的に変えました。
- Before コカイン製造業者>密輸のルート、通り道のドン、マフィア>小売?アメリカでの販売者>コカイン密輸業者(エスコバル)
- After コカイン密輸業者(エスコバル)=小売?アメリカでの販売者コカイン製造業者(グリセルダ)>密輸のルート、通り道のドン、マフィア
そしてコロンビア首都ボコタのドン、ゴンサロ・ロドリゲス・ガチャ、カルロス・レデル(カリブ海の密輸ルートの覇者)、メデジンの伝統的なマフィアであるオチョア家を最高幹部としたメデジンカルテルが結成されました。
エスコバルの超豪華な暮らし
エスコバルはコカイン取引でフォーブス誌7位の大富豪になりました。
この章ではエスコバルの信じられない豪華な暮らしを見ていきましょう!!
まずはエスコバルが麻薬ビジネス成功後に作ったアシエンダナポレス、高級住宅?です。
中にはサファリパーク、ゾウ、カバ、猛獣、キリンがいたようです。
また恐竜の模型のあるジェラシックパークも!!
ヘリコプター2台、セスナーも保有していたようです。
アシエンダナポレス内にはヘリポートに加え、飛行機用の滑走路もありました。
またエスコバルは家族の誕生日も盛大にやりました。
人気コメディアンには誕生パーティーの際に招待し、日本円で1億円のオファーをしたとか。
また花火好きなエスコバルが誕生日の際、花火にかけたお金は50000ドル!!
もちろん1回の誕生会で使ったお金です。
またパブロは敷地内をバイクやロードレースカーで走るのが好きだったようでバイクコレクション50台以上も保有していました。
エスコバルの子供も15歳までに15台のバイクコレクションを保有していたとか。
サッカースタジアムの建設および投資。
きわめつけはエスコバルの刑務所、通称カテドラル。
ビリヤード、ダーツ、バー、あらゆる娯楽を兼ね備えた刑務所。
超一流ホテルに勝るとも劣らないエスコバルの刑務所の個室。
もちろんコロンビアの様々な場所に多くの物件、家も所有していました。
写真は下記動画より引用。
エスコバルの性格とは
エスコバルですが生涯3000人以上の殺害を命じ、テロ活動も行ったコロンビア史に残る最悪の犯罪者ともいわれています。
ですが彼は事前活動にも熱心でした。
災害の際の支援、電気ガス水道の整備、サッカースタジアムの建設、学校建設等です。
ですので彼の地元メデジンでは彼を支持する人も少なくなかったようです。
またエスコバルは母親、家族思いの優しい性格も持ち合わせていました。
エスコバルの転落ですが彼の政治世界の進出が仇となりました。
エスコバルは左翼ゲリラに共同経営者の肉親を誘拐されてしまいます。
ですが政治家の計らいで人質は無事解放されます。
それ以降、エスコバルは政治の力を強く欲するようになります。
ただ当時はアンチ麻薬、腐敗の政治活動が盛んになり、時の大統領候補、ルイス、ガランと激しく対立します。
麻薬ビジネスを政治家に暴露され、上院議員の職を追われたエスコバルはルイス、ガラン大統領候補の暗殺。
そして他の大統領候補の暗殺、テロ行為を行います。
国内での犯罪の深刻化およびコカインのアメリカ流出量も増えアメリア政府がコロンビア政府と共同してエスコバルの掃討作戦を開始します。
1993年12月2日、エスコバルがメデジンの隠れ家から家族に電話した時、コロンビア治安部隊、特殊部隊が携帯電話の電波からエスコバルの位置を特定。
エスコバルは隠れ家の屋根の上で殺害されます。44歳没。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%90%E3%83%ABより引用。
まとめ
[box class="box12"]パブロ・エスコバル、コロンビアの麻薬王ゴッドファーザーの生涯、財産、ビジネス成功の秘訣を徹底調査 ネットフリックス、Amazonビデオでも人気!![/box]
について書かせて頂きました。
ネットフリックスのナルコスやパブロ・エスコバル悪魔に守られた男は実際めちゃくちゃおもしろいので麻薬づけならぬ麻薬王ビデオづけになってしまいます。
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